戦乙女が舞い降りた地で、
架空戦記
長編小説一作目、架空の世界を舞台にした戦争物の作品です。
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第22話 模擬空戦という名の死闘
「エコーより、司令部へ。クラッパーシュランゲによる攻撃を行います。目標を補足、ファイアー!!」 コックピットの中でレベッカは、安全装置を解除し、それを一発発射した。 クラッパーシュランゲと呼ばれた武器は、ブルーライトニングの主翼下に片翼一発ずつ搭載されており、今まさにその一発が発射されたのであった。これは赤外線誘導方式による対空ミサイルであり、ブルーライトニングには二発搭載することができる。 クラッパーシュランゲは、桜の乗るブルーライトニングのほぼ後方の位置から発射され、降下しながら旋回を続ける機体を追って同じように旋回を続けていく。その様は、見えない糸で繋がっているかのようにきれいな弧を描きながら桜機の背後を徐々に距離を縮めながら飛ぶ。 「もう何度も見ているけれど、良く、コンピューター制御?ってやつでこんなに上手く誘導できるものね。ラジオコントロールでもしてるんじゃないの?」 背後から対空ミサイルで狙われていると言うのに、まるで遊覧飛行でもしているかのようにのんびりした口調で桜が言った。 「いえ、赤外線誘導による自律的な飛行です」 「へぇー、それは、すごい。……って、そろそろか、ほいっ」 間の抜けた声で感心する桜は、他人から見れば突然、彼女にとっては予定通りの機動を行った。 軽く操縦桿を引いたと思うと、そのまま引き倒し、今度は左に操縦桿を倒していく。桜の操縦に従って、彼女の機体も機首を緩やかに上げていくのと同時に横転して斜めに一回転する華麗なバレルロールを行い、機械をあざ笑うかのように軽く避けて見せるのであった。 「誘導はすごいけれど、まだまだ、私の機動には付いていけないようね。それじゃあ、反撃と行きますか」 そう言うと、ミサイルを放ち、緩い旋回をしながらミサイルの動向をうかがっていたレベッカのブルーライトニングに向け、低空から突きあげる態勢で背面から攻撃を仕掛けに向かう。 「今頃、回避運動したって遅いのよ。模擬空戦だから容赦はしてあげないんだから」 乾いた唇を軽く舐め、操縦桿を堅く握り直すと、ガラスに映し出される表示したがってレベッカの機体をその中央におさめ、両翼から模擬戦用のペイント弾を無数に発射した。 実際の空戦とは違い、彼女以外に敵がいないことを知っているので、桜は贅沢に装填されている弾数全部を撃ち尽くす様に連射を加えた。 回避運動を続けるレベッカの機体を照準内におさめながら、桜は二度、三度機関銃による掃射を加えたのである。 そんな連続攻撃を受けては、無事でいられる理由など全くなく、レベッカの機体にピンク色の塗料が飛び散り、透明なガラスを汚し、綺麗に塗装された機体の上の所々に塗料を叩きつけたのであった。 勝敗が決したと判断されると、地上の司令部から着陸命令が出され、無傷の機体とまだら模様に塗料がついた機体の順にクリスタル・ナイトの飛行甲板上に降りてくる。 その甲板上には、模擬空戦というイベントのため、他の機体は一機も止まっておらず。艦橋からは普段いる要員のほかに先ほど桜に返答した技術師や海軍の高官も姿を見せていた。 桜は、甲板上に降りたつと、後続のレベッカの機体のために横に寄せて停止する。その後ろをレベッカのブルーライトニングも着艦を行い、着艦フックをロープに引っかけ、停止した。その後、桜と同じ位置まで機体を前進させるとコックピットから降りたち報告に向かった。 桜はというと、コックピットのキャノピーを開くや否や、暑苦しいとばかりにヘルメットを乱暴に脱ぎ捨て、飛行服の前を開けて艦橋横に待機していた佐賀に近寄った。 「私の飛行に惚れぼれしたでしょう〜?」 「機動がすごかったことは認める。だけど、その自信はどこから出るんだ? それに、あれは撃ちすぎだろう」 佐賀はレベッカの機体を指差して呟いた。 「実戦じゃあんなに連射したらすぐに弾切れになっちゃうから中々できないのよねぇ」 「それにしたって……」 レベッカの機体は、見るも無残なほどペイント弾で汚れており、レベッカと機体の整備兵が苦労するであろうことが目に浮かんだ。 「すごいですねぇ、桜さんはやっぱりエースですね」 女性にしては低く、男性にしては高めの中性的な声が聞こえたことに反応して、声が聞こえた方向をみると二人の女性の姿が目に映った、と思って良く見ると女性と男性一人ずつが並んで歩いてきているのが分かった。 「すごい、すごい、僕にはとても真似できません」 声も中性的だが、その容姿も中性的で、性別が辛うじて分かったのは彼が男性用の軍服を着ていたからであった。彼は、隣にいる女性を置き去りにして走り寄ってくると、男性か女性かどっちに対する反応をして良いのか判断がつかないでいる桜に片手を差し出した。 「僕、藤城桜さんに憧れてパイロットになったんです。握手してもらえますか?」 「え、あぁ、どうぞ」 判断云々の問題は、とりあえず脇に置いておいて、桜は片手を差し出すことにした。 「わぁーい、桜さんに会うって言う夢が叶ってとっても嬉しいです」 「みつきがそんなに喜ぶのは滅多にないから本当にとてもとても嬉しいのね」 追いついた女性が男性の頭をなでながら言った。 「うん♪」 近くでマジマジと見ても、問題が解決しない桜は、その女性に質問することにした。 「あの、この子は?」 女性は、一瞬小首をかしげて頭の上にクエッションマークを浮かべ、二人の間の時間は他より何倍も遅く流れているのではないかと言う程の時間差で返答した。 「私の弟ですよ? ……あっ、もしかして、もしかしてですか?」 何がもしかしてなのか良く分からなかったが、たぶん桜の聞きたいことのもしかしてだろうと推測して黙って頷いた。 「やっぱり。みつきって言うのですけれど、良く女性に間違われるんです」 「はぁ……そうなのですか。え、えーと、褒めてくれてありがとうね、みつきちゃん」 桜も女性に倣って頭をなでてやると、みつきは身を寄せるようにして喜んだ。 「桜さんに頭をなでてもらえるなんて、なんて幸せ」 男だと分かっていても、男性用の軍服を着ていることに妙に違和感を感じてしまう桜であった。 「あ、申し遅れました。私は、藤城桜と申します。その、みつきちゃんと、あなたは?」 「私、早瀬諏訪子です。会ったことなかったかしら、前はすみれ中佐と同じ隊にいたこともあったのよ」 言われてみれば、顔を見たような気もしたが、あの頃はすみれに夢中で、他の人の顔は曖昧にしか覚えていなかったのである。 「俺は、佐賀健次郎って言うんだ。よろしく。ところで、早瀬さん、今度食事でも……。イデッ!!」 桜は何も言わず、佐賀の足を思いっきり踏んづけた。佐賀は、近くの艦橋の壁に身を預け、踏まれた足を持ち上げてさすった。 「今度やったらただじゃおかないんだから。相手は、尊敬すべき先輩なのよ。そんな相手を初対面で口説くなんて」 「あらあら、佐賀さん、足大丈夫ですか? 私、全く本気にしてませんから」 足は、ずきんずきんと痛みが走っていて、ストレートに振られたのもショックで壁に身を預けたまま尻もちを付いてしまった。 「みんな変わりないようで良かったわ。特に、佐賀中尉は、全く変わっていないようですね」 佐賀が仰ぎ見ると、すぐそばにすみれの顔があり、びっくりして後ずさりしようとしたが叶わず、勢いで頭を壁にぶつけてしまった。 「今日着任すると聞いていたけれど、諏訪子も着ていたのね」 横に控える永子が聞いた。 「そうですよ、佐渡永子少佐。こちらは、弟の早瀬みつきです」 「はじめまして。僕、早瀬みつきって言います」 永子もみつきに近づくと、やはり頭をなでながら言った。 「諏訪子と一緒に育つと、弟もこんなに可愛くなるのね。男にしておくにはもったいない可愛さね」 「そうですか? そう言われると照れるなぁ」 みつきは、頬を朱に染めて、うつむき加減に頭をかく。 「おぉ、騒がしいと思ってきてみれば。これは、ハーレムだな、佐賀君」 すみれたちの後に、甲板上に姿を現したリオンが一同を見るなり言った。 「俺にとって見れば、ハーレムと言うより・・・・・・」 そこまで言って、そこにいた一同、みつきを含めたリオン以外の男女が殺意のこもった視線が向けられていることに気づき、後に続くはずだった言葉を飲み込んだ。 「確かに。まぁ、戦場よりはましだろう」 「場合によっては、戦場の方がましなときもありますけれどね・・・・・・うぐっ」 「あら、ごめんあそばせ。手が滑ってしまいましたわ」 今度は、話終わるのを待って、桜が拳を腹にお見舞いした。 「手が滑って、こうなるか? それに、その口調が怪しすぎ・・・ごふっ」 「今度は、足が滑ってしまいましたわ」 明らかに蹴りを食らわしつつ、澄ました顔で桜が言った。 「だから、足が滑ってそんなことするわけが・・・・・・うっ」 「あらあら、疲れているのかしら、私も手が滑ってしまいましたわ」 すみれも澄ました顔で佐賀の手の甲をつねった。拳を叩き込まないのは、せめてもの同情か。 「まぁまぁ、そこまでで止して起きなさい。ところで、君たち、模擬戦してみないか」 目に涙を浮かべて近寄る佐賀を払いのけつつ、リオンが言った。 「良いですねぇ。どんな組み合わせにするのですか?」 すみれが挙手して発言した。 「あえて、桜君とみつき君で勝負するとか。でも、それじゃぁ、分が悪すぎる。ここは、二対二として、桜、すみれと早瀬姉妹でというのはどうだ? 早瀬君なら、桜君に負けない腕を持っているだろうし、同じ中隊にいたからすみれの手の内を読むのもしやすいだろう」 「私は、すみれ中佐と勝負したいです!!」 「却下」 リオンは、桜が言い終わるなり、すぐにそれだけ言った。桜は不満そうに頬を膨らませて見せたので、リオンはその後に続けていった。 「君たち二人が模擬戦をしたら、実弾を使って模擬戦をしたいとか言い出しかねないからな」 「そんなことないですよ。桜大尉もそう思うでしょ?」 「えぇ、もちろん、そんなことないですよねぇ。すみれ中佐」 明らかに二人とも目が泳いでいる。そんな二人を見たら、猿にだって二人が嘘をついていることがわかるだろう。 もちろん、リオンは二人の心がわかった。 「分かりやすくて助かる。だからこそ、二人の編隊飛行を見てみたいんだよ。もちろん、早瀬姉妹の編隊飛行もね」 「はいっ」 みつきは、まず、桜とすみれを見、姉の諏訪子を見、最後にリオンを見て、大きな声で言った。 「元気でよろしい」 そう言うと、リオンは、いつの間にか傍らに控えていたシオンに一言二言小さな声で何かを伝えた。 「とりあえず、君たち四人は、飛行服を着用してここに集合すること」 桜は、すでに飛行服姿であったので、それ以外の三人はリオンの言葉を聞いて飛行服を着用するために艦内に姿を消していった。 桜や佐賀達も一端艦内に戻り、十数分後に一同は再び甲板上に集合したのであった。 彼らが目にしたのは、良く目にするデルタ翼機のブルーライトニングが二機(うち一機は先ほど桜が乗っていたもの)。 また、同じくスタイリッシュな形ではあるが、こちらはオーソドックスにデルタ翼でない直線の後退翼を持ち、機首に機関砲が搭載されているジェット戦闘機が二機が甲板上にあげられていた。 「揃っているな。さてと、編隊の構成は先に告げたとおりであるが、今回の模擬戦は、違機種同士で編隊を組むこととする。桜と諏訪子両大尉は、編隊長としてブルーライトニングを操縦してもらう。すみれ中佐とみつき少尉は、あのFJ3Fナイトライダーに乗ってもらう」 整列した桜たち四人を見渡しながらリオンは言った。 「はーい、質問です」 「何だね、桜君」 授業中に質問を受けた教師のように目を合わせてリオンが言った。 「何故、比較して階級の低い私が編隊長なのでしょうか? 順当にいけば、すみれ中佐が編隊長をつとめるべきでは」 「確かに、それも一理あるだろう。しかしだ、君も普段は編隊長として立派に任務を果たしている。それに、ジェット戦闘機乗りとしては、すみれより経験が多い桜君は、編隊長を務める者として不足はないと考えるが? それに、すみれが編隊長では普通すぎて面白くない」 「面白い、面白くないで編隊の構成を決めないでください」 「これは、失礼。だが、君も、たまには階級の上下を考えないで編隊を組んでみるのも悪くないだろう?」 「確かに、そうかもしれませんね。よろしくお願いしますね、編隊長殿」 リオンやすみれに評価されていることが分かり、どこか上の空の様な状態になっていた桜にすみれが手を差し出した。 「え、えぇ、こちらこそよろしくお願いいたします」 ☆ 「模擬戦は、両編隊が決められた高度に達したことを合図に開始する。制限時間を超えたら、ドローだ。」 リオンは、それだけを伝えると、通信を切った。 「桜大尉、いえ、編隊長、どういう戦法で行くつもりかしら?」 実際にはすみれの顔を直接見ることはできないが、何か品定めされているような視線を感じ、まだ模擬戦も始まっていないのに額に何かが滴った。 「えーと、私がみつき少尉をけん制しつつ、すみれ中佐殿が諏訪子大尉に攻撃を仕掛けてください。攻撃に乗ってきてドッグファイトに入るなら、隙を見て頭上から一撃を加えます。乗ってこないなら、逆にみつき少尉を私が攻撃しますので、援護をお願いします」 そう言うと、短く、了解とだけ言い、さらに上昇を始めた。桜も意図を理解し、機首を上げて上昇に移る。 「リオン大将は、決められた高度に達したらと言ったけど、相手が来るまで同じ高度で待っていろとは言っていなかったもの」 「それって卑怯じゃ?」 「編隊長殿は、甘いようですわね。戦場に卑怯なんてないのよ。そう言う戦法だと言いなさい」 「これじゃどちらが編隊長か分かんないですね……」 返答しつつ、眼下を確認すると、早瀬姉妹の二機が高度を上げてくるのが見えた。 「さてと、網に近づいてきた獲物をからめ取って料理することにしましょうか」 すみれが言い終わってすぐ、リオンから模擬戦開始の号令がかかった。 一度、雲の間に機体を隠してから、有利な高高度からすみれのナイトライダーが空気を切り裂いて編隊の先頭を進む諏訪子機に頭上から攻撃を仕掛ける。 彼女も頭上からの攻撃を予想していたようで、頭上にすみれの機体が現れると、みつきにその旨を伝え、両者は真逆に舵を切って散開した。 それでも当初の予定通り、すみれは諏訪子機が回避運動を行い終えるよりも前に猛スピードで一気に高度を下げ、照準器の先に見える諏訪子機に向かって機首にある20o機関砲を轟かせた。 放たれた機関砲弾は、一直線に諏訪子機に殺到した。 「そんな攻撃に当たると思いまして?」 「織り込み済みよ!!」 軽やかな操縦桿さばきですみれの攻撃をかわすと、逆にすみれ機の後ろに回り込もうとターンを行う。 「では、こちらから仕掛けさせて頂きます」 空母が小さい米粒大の大きさに見える高度で舞い落ちる木の葉のように飛行機雲を描きながらすみれ機の背後にぴったりと付く。それはまるで、見えない糸で両者が結ばれているように規則正しい動きで、すみれ機が上下左右に機体を振ると、それに寸分違わず諏訪子機が姿勢を変えて背後を捉える。 「空中戦に階級差は関係ないことを身をもって学習してください」 そう言うと、諏訪子は照準の枠とその先にあるすみれ機を見つめながら両翼の20o機関砲を発射させる瞬間を見定める。 「付け加えると、空中戦には年齢も関係ないですよ?」 諏訪子の耳に、桜の声が聞こえた瞬間、すみれの追跡をあっさりと諦め、操縦桿を思いっきり引いた。すみれ機に視線を集中しつつも、視界の上ぎりぎりのところから太陽の光を背にして一撃を加えようと迫りくる桜機も見逃さなかったのである。 そのまま直進していれば機体があったであろう空間を幾重もの物体が通り過ぎ、次いで桜機が通過した。 「あらあら、もう少し待っては頂けなかったのかしら?」 「戦場では、そんなことあり得ない事良くご存じでしょう?」 「まぁ、厳しいこと」 おどけて言う諏訪子に、丁寧でありつつもトゲのある言葉を返し、機体を操りつつ、諏訪子がまた言った。 「僕の存在も良かったら思い出してください」 四人の中では、一番年下のみつきの声が聞こえ、すみれ機の右翼上空方向から線が延びてくるのが見えた。 「避けてください」 「言われなくてもそうするわ」 桜の声に間髪入れずすみれがそう返答し、機体を横に大きく傾けた。その下をみつきが放ったペイント弾が通過し、すみれ機と全く同じナイトライダーが通り過ぎた。 「話を聞いていると、すみれ中佐も油断していると僕に撃墜されてしまうっていうことですよね?」 「道理から言うとそうなるわね。でも、そうはさせないわ」 二回目の攻撃をかわしたすみれは、降下を続けるみつき機の背後に迫る。 「こちらだって、すみれ中佐の思い通りに動くつもりはありませんわ」 諏訪子は、機体を左右に振りつつスピードを上げて桜のブルーライトニングをまくと、足もとにあるペダルと操縦桿を操作しつつ、機体を捩るように、すみれの背後をとろうと機動を行う。 「今度あなたの相手をするのは私です。もう少しこちらに集中してはいただけませんか?」 そうやって再び攻撃位置につこうとする諏訪子機に攻撃を浴びせ、すみれ機から引きはがす。 「では、同じブルーライトニング同士、どっちが優れているか勝負しましょう」 諏訪子は、横回転と立て回転を組み合わせた目の回るような機動を描いて、背後から迫っていた桜機の機首に激突せんとばかりに接近してくる。 「良いですね。機体は同じなんですから、出るのは純粋な腕の差ですよ」 あっという間に小さくなっていくすみれとみつきのナイトライダーを視界の隅に認めつつ、一瞬だけ重力から解放されたようにふわりと機体の姿勢を変え、諏訪子の攻撃を華麗に避ける。 「確かに、軍歴は諏訪子大尉のほうが長いかもしれませんが、リオン大将が言っていたようにジェット戦闘機の操縦歴はこちらの方が長いですからね」 「ふーん、そう。でも、そんなこと言っている間も油断したら撃墜してしまうわよ」 そう言いながら、背面飛行をしながら綺麗な円の宙返りを行い、今度は機体の下に回り込むと、射撃指揮装置が弾きだす桜機の未来位置に向かってペイント弾を発射した。 「残念ながら油断なんてしていないので、そんなことありませんよ」 桜は、ペイント弾が当たるか当たらないかと言う紙一重のタイミングで機体をバンクし、横滑りしてこれを避ける。 「でるあるなら、こういう趣向はいかがかしら?」 前に出る形になった諏訪子機は、スロットルを目いっぱい上げ、海面めがけて急降下して行く。降下する間もエンジンによる加速と相まってどんどん速度は増していき、それに比例して海面はますます高速で迫ってくる。 「チキンレースというわけですか。それは望むところです」 桜も恐れることなく諏訪子の後を付いて速度を増していく。距離を減じていくと海面に沸き立つ波一つ一つがはっきり視認できるようになり、今にも海面に激突せんとばかりであった。 両者、これ以上高度を下げたら海面に本当に激突するというぎりぎりの高度で機首を上げ、海面に波を立たせながらぴったりと距離を保ったまま上昇姿勢に入ったのである。 「さすが、桜大尉。とても面白かったでしょう?」 「えぇ、そんじょそこらのアトラクションより余程エキサイティングだわ。だけど、背後にいることをお忘れになって?」 「あら、私としたことが。でも、大丈夫」 そう彼女が言った通り、桜が照準の先に捉えて引き金を引こうとすると、諏訪子は微妙に上下左右斜めに機動を行い、射線からずれてくる。 その後も、惜しいところまでは行くのだが、なかなか桜が引き金を引くタイミングを与えてはくれなかった。 「みつき少尉、そんな操縦じゃ、引き金を引かなくてもよさそうね」 ばっちりとみつきの背後に付いて離れないすみれがナイトライダーのコックピットからつぶやいた。 「そんなこと言わないで、引き金を引くなら早く引いてください」 「へぇ、そう言うの。なら、お望み通りしてあげる」 すみれには珍しく、怪しい笑みを浮かべつつ、照準器の向こうに見えるみつきのナイトライダーに向かってペイント弾を発射した。 「命中っと。これで後は諏訪子のほうだけになるわね」 既に撃墜したと思いこんでいたすみれは、悠々と通信を入れた。しかし。 「命中しているかしていないかは、実際にその瞬間を見てから判断して欲しいです」 「いつの間に!!」 すみれが驚くのは仕方ないだろう。今の今まで前方を飛んでいたみつきの機体が、その十数秒後には、すみれの背後にぴったりと付いていたのだから。 「僕だってれっきとしたパイロットですからね。いくら先輩が相手でも簡単に撃墜されてたまりますか」 すみれは、みつきを振り切るために、操縦桿やペダルを操作しながら上下左右、スピードを変えながら機動を行うのだが、みつきは嫌がらせの様に後ろにぴったりついてくる。海面すれすれ、先ほどの諏訪子よりもぎりぎりの低高度を飛び、数ミリ高度を誤ったら海面に激突してしまうというくらい危険を冒してでも機動を行っても、それでもみつきは追尾をやめようとはしなかったのである。 「ちょっと、あなた。途中からそんな機動するなんて」 模擬戦の最初に持っていた余裕など、とっくのとうに失って辛うじて感情を抑えているすみれが悲鳴のような声を上げた。 「なにも、最初から全力で当たらないといけないなんて決まっていないじゃないですか」 それに引き換え、至って冷静なみつきが唇の端を上げて言う。 「だからって、舐めてかかったら痛い目見るわよ」 すみれは、強烈なGを受け、気を失う寸前の急機動を行い、空に飛行機雲を描きながらみつきの背後にくらい付く。 先ほどの真逆の状態になったのである。操縦桿とペダルを操作し、みつきのナイトライダーを捉え続ける。それは、彼が海面すれすれに降りても、気を失うような機動を行ってもである。 しかし、それでも、みつき機を照準に一瞬でも捉えたと思った次の瞬間、瞬きもする暇もないほどの時間の後には照準の外に外れており、まるで後尾に目でも付いているかのように巧妙に射線上から外れて見せた。 「さっさと撃墜されなさい!」 「大人しく撃墜されるパイロットなんていないと思いますけど」 叫ぶように言うすみれに、みつきは即答した。 その後も攻撃位置に付こうとするすみれと、それを避けようとするみつきの機動が永遠のことのように繰り返されたが、それが終わりになるときがきた。 偶然か、作戦か、それは分からなかったが、ほんの僅かな時間絶好の攻撃のチャンスがすみれに訪れたのである。これを逃すわけにはいかない、そう考え、ペイント弾を発射させた。 「これでおしまいよ!」 そう叫んで、ペイント弾がみつき機に伸びていくのを目で追っていくと、みつき機は見えない誰かに引き寄せられたかのようにまたもや攻撃を回避したのである。 「くそ!!」 思わず、そう叫んでしまったすみれが機体を持ち上げた先に見たものは、機首をこちらに向けて近づいてくる諏訪子のブルーライトニングだった。 しめた、そう思ってペイント弾を発射させようとしたすみれは、その諏訪子機に後ろにもう一機航空機がいることを認めた。 「そういうこと」 一瞬で全てを察したすみれは、桜に右旋回するように指示すると自分は左旋回に入った。 諏訪子とみつきは、巧妙にすみれと桜を誘導し、同士撃ちしてしまう程の近距離で急に旋回してきたのである。これなら、いきなり目の前に現れた僚機を認めた後ですぐに旋回を行うことはできても、一瞬なりとも隙が出来ると考えた。 それが今まさに成功しようとしていた。すみれは、諏訪子が狙い、みつきは桜を狙って旋回をかけた。 今にも照準内に相手が現れると考えたみつきであったが、それは悪い意味で裏切られてしまったのである。 「あなた、確かに腕は良いかもしれないけれど、機動が読みやすいのが欠点ね」 すみれの声がどこからともなく聞こえたと思うと、機体から飛行で発生する振動とは違う揺れが伝わってきた。それが何かはすぐに分かった。コックピットの透明なガラスに色鮮やかなインクが飛び散ったからだ。 「一丁上がり」 自分が撃墜された。そう認識したちょうどその時、すみれから笑みを含んだ言葉が聞こえてきた。 「こちらは、上手く行きませんでした」 眼下を見ると、降参とばかりに諏訪子機の前を真っ直ぐ飛ぶ桜機があった。 「白熱しているところ悪いが、タイムオーバーだ。模擬戦を停止して降りてくるように」 すみれが時計を見ると、制限時間きっかりに通信を入れて来ていた。すみれのほうとしても、いつもの戦闘以上に疲れており、これ以上の戦闘を続けたくはなかった。 「了解しました。桜大尉、諏訪子大尉、みつき少尉、さっ降りるわよ」 今は自分が編隊長ではないことなどすっかり忘れてすみれは他のパイロットにそう告げた。だが、桜はそれに対して何も言わなかった。やはり、すみれ中佐を自分が指揮することは不可能に近いと認識したのである。 すみれのナイトライダーを先頭に次々と着艦して行く様は、まるですみれを長とする一つの飛行隊の様であり、それぞれの機種が違うことと、ペイント弾の跡があることを除けば、状況を知らない者が見れば空戦を行い帰還してきた戦闘飛行隊にしか見えないであろう。 すみれは、それに足る能力と経験を積んでいるのである。 各パイロットは、甲板上の誘導員の指示を受け、後続の着艦の妨げにならないよう機体を停止させ、風防を開けると用意されたタラップを降りてきた。 それを、艦橋内に控えていたリオン大将以下十数名が出迎えた。 「流石は、我が海軍の名パイロットたちだな。これなら、撮影隊を呼んでおくんだった」 リオン大将が四名を見渡しながら言った。 「私もこうやって次々と育っていく後輩の実力を間近で見て感じることが出来、とても嬉しい限りです」 「いやぁ、僕はまだひよっこですから」 リオンとすみれの言葉に、顔をゆでダコの様に真っ赤に染めたみつきが言った。 「あれだけの機動が出来れば誠に結構。そこで、一つ質問良いかしら」 「はい、何でも。僕に答えられる質問であれば、ですが」 「よろしい。早瀬みつき少尉、戦闘における一番重要なこととは何かしら」 ちょっと待って欲しい、そう言ってみつきは限りある知識を総動員して答えを導き出そうと考えを巡らせた。空中戦における操縦テクニックであろうか、精神的な強さであろうか、はたまた運の強さなのであろうか。 どんなに考えても答えは一つにまとまらなかった。 「えーと、候補はたくさん思いつくのですが、これという答えが見つからないです」 「難しく考えることはないわ。ごく単純なことよ」 ごく単純なこと、その言葉を脳内で反芻(はんすう)していると、ふと先ほどすみれに仕留められた時のことを思い出した。あの時、模擬戦であるにもかかわらず抱いたもの、それで合っているかどうかは分からなかったが、とりあえず口に出してみることにした。 「良く分かりませんが、さっき、すみれ中佐に仕留められた時、模擬戦で、放たれているのが実弾ではないと理解しつつも一瞬だけ湧きあがってきたものがありました」 「うん、それで?」 すみれにはもうみつきの回答が予測できているようだった。 「一瞬だけですが、死の恐怖が頭をよぎりました。もう、何もかもが遅すぎて回避することはできない状態でしたが、それでも助かる方法はないか考えました」 「そうそう、それが一番重要なこと」 自信なさげに話すみつきに包み込むような笑顔ですみれは言った。 「いくら、空中戦の技術が優れていても、身の程をわきまえずに敵の前に躍り出るようなことは勇気があるとは言わない。無謀で愚かなことよ。確かに、そういうこともしなければならないこともあるかもしれない、私だってそう言う命令をしなければならない時もある。でも、それでも、命を犠牲にしなくて済む方法がないのかと考えること。機体は代わりを作れば良いけれど、パイロットは、人は、死んだから代わりを作ると言うわけにはいかないでしょう?」 「はい……」 「素晴らしい、流石、すみれ中佐の言うことは違いますね。しかし、皆さんお疲れのようですし、重い話はおしまいにして、親睦会でもいかがですか」 エルミーラの一言によって、その場を満たしていた緊張の糸がほぐれ、エルミーラの先導で食堂に即席で作られた会場に皆向かったのである。 ☆ エルミーラは、最初から親睦会を企画しており、会場にはコックの腕によりをかけた料理の数々が並べられ、リオン大将以下関係者が集まったにぎやかな親睦会が開始されたのであった。 エルミーラの手際の良さはシオンも認めるもので、『私にもこういう上官が欲しかった』と言って笑いの波が起きた。当のリオンは熱気以外の原因による汗が浮き出ていたが。 「エルミーラ、本当にすまない。来客者の立場なのに、色々なことをさせてしまって」 「いえ、ただ研究データだけ取ってさようならでは冷たすぎるので、このくらいは当然のことです」 「ヒック、それよりも、エルミーラ。親睦会なんだから、もうちょっとリラックスして良いのよぉ」 エルミーラの隣に割って入ったレイカが、お酒の入ったグラスを片手に顔を真っ赤に染めて言った。 「十分、リラックスしているつもりですが?」 「うーん、違う違う、もっとこう、表現できないけれど、まだまだ固いわぁ」 「あんたがリラックスし過ぎなんでしょ」 背後からすみれにグーでポカッと小突かれ、思わず頭を抑え込んだ。 「いったーい!! いっつも私より酔ってるのに、なんで今日は飲まないんですか?」 すみれにしては珍しく顔を薄く朱に染める程度しか飲んでいないのを見てレイカが言った。 「永子によく教育された……とにかく、近藤君がお酒をくれないのよ」 まぁまぁと、微笑を浮かべるエルミーラが永子のほうを見たので、釣られてすみれも同じ方向を見ると、永子が細い目でギロリと睨んできたので一瞬体を震わせた。 「えぇー、すみれ中佐が飲んでいないなんて、ありえません。いえ、飲まないとだめです」 「そうだ、そうだ、すみれ君。親睦会なんだから、パーっと飲みたまえ」 「え、いや、でも……」 困っているすみれに、助け船を、この場合は悪魔の囁きと言ったほうが良いかもしれないが、諏訪子が会話に入ってきた。 「それはそれは、もったいない。ここに、良いワインがありますのに」 誰が見ても明らかに何か企んでいると分かる笑みを浮かべ、すみれの目の前でワインの瓶を見せたのである。 「それは!!」 すみれは、制止に入ろうとした永子と近藤が来る前に、諏訪子がワインを注いだグラスを手に取って口に含んだ。 「うーーーーん、やっぱり、お酒って良いわぁ。これが無いと始まらないわよね」 至福の時を迎え、グラスを傾けるすみれを見て、後は任せたと言うように近藤の方を叩いて永子は奥に引っ込んで行った。それに戸惑いつつも同じように奥に戻ろうとした近藤の腕をすみれが掴んで、引きよせた。 「何、逃げようとしてるのよ」 「逃げようとはしてないさ。すみれと他の人の会話に入ったらまずいかなと思っただけだよ」 「良いから。あなたもワイン飲めたでしょう?」 彼の返答を待つ間もなく、空のグラスにワインを素早く注ぎ、近藤の目の前にそっと置いた。 「今日は飲めないなんて言わせないわよ。ワインを飲みなさい。はい、復唱!!」 「え、は、はい。近藤延丈、ワインを頂きます!!」 階級が二つも違い、年齢も断然近藤が上であるのに、今の状態になっているのを見て、一同は笑いの渦に巻き込まれた。 「近藤君ってとっても可愛いのよ。このまえ、いい加減子供が欲しいわねって言ったら、顔真っ赤にして」 「それは言わない約束だろう」 そう言ったからと言ってすみれが続きをやめるかと言うと、そんなはなく、行き場のない気持を落ち着かせるべくグラスに残ったワインをのどに流し込むのであった。 イシュタルとレベッカはと言うと、こちらも二人とも良い具合に出来上がっており、仲良く肩を寄せ合ってグラスを傾けていた。 「レベッカさんにも久しぶりに会ったけれど、童顔で今もとっても可愛らしい。いや、今のほうがより一層魅力的だ」 いつの間にか近くの席に移動してきていた佐賀がそっと囁く。 「えぇ、そうですか? 私なんか、他の人に比べたら全然魅力なんて」 「おい、いくら無礼講だからってあたしのレベッカを口説くとは良い度胸だなぁ」 口では啖呵(たんか)をきっているが、照れ笑いするレベッカを見てそれほど悪い思いはしていないようだった。 「これは失礼。でも、俺はただ自然にわきあがった感想を述べているだけなのであって、口説くなんて微塵も。そうそう、そう言うイシュタルさんもレベッカさんとはまた違った魅力をお持ちのようで。こうやって話せるのは夢のようです」 「そうか? あたしは、そうやって褒められるのにはあまり慣れていないから照れるなぁ」 同僚、そしてある意味指導者とも考えられる存在のことを何処吹く風と自由に語り続ける佐賀に、じわりじわりと近づいてくる者がいた。 「さがーぁ。随分饒舌(じょうぜつ)になっているようだねぇ」 「そ、その声は」 まるで地獄の底に封印したはずの怪物が蘇ってきたのを目の当たりにした時のように冷や汗を浮かべ表情を凍らせながら、油の差されていない錆びた機械みたいにぎこちなく振り向いた。 そこにいたのは、文字通り怪物、のような怖い顔をした桜であった。 「学習しませんねぇ、佐賀先輩は。一度、強制的に再教育を受けたほうがよろしいんじゃないですか」 隣に座るみつきが佐賀を生温かい目で見つめつつ言った。 「は、謀ったな!!」 「謀る? 何のことでしょう。僕はただ佐賀先輩が、愛し合っている桜さんに今の状況を話したまでですよ」 「そう、それだ。それを謀ったって言うんだ!!」 「僕に構っていることより他にしなければならないことがあるんじゃないですか?」 そう言うと、みつきは佐賀の背後にいる桜を指差す。 「あ、いや。これには、色々訳が」 なんとか言い訳してその場を逃げようとする佐賀の思惑をレベッカの一言が粉々に砕けさせた。 「桜大尉、この佐賀って言う人は、私を堂々と口説いてきたんです。ねぇ、イシュタル」 「そうだ、あたしも口説かれたな」 「いや、俺はただ感想を述べただけで、決して口説こうとしたわけでは。それに、穏便に済まそうと思っているのに火に油を注ぐようなことは」 全力で弁解する佐賀は、桜の先ほどよりもさらに酷くなった気配に気づき、彼女にも弁解しようと振り向くとそこには桜はいなく、みつきが退いてそこに座っていた。 「ふーん、じゃあ、私のほうが好きって根拠を今ここで示してくれないかしら?」 「根拠って、言うまでもなく俺は桜のことが……」 「言葉じゃなくて態度で示して。誰でも分かるように」 佐賀の言葉を遮って桜は次の言葉を口に出した。 「態度で、どうすれば?」 突然のことで頭が全く回転せずにオウム返しの様に質問をすると、桜は自分の唇にそっと自分の指と当てた。 「おー、キスですか、キスですか。お熱いですねぇお二人さん」 離れたところにいたはずのレイカが言葉を投げかけてくる。 「いや、だからといってなぁ、こんな大勢の人がいる前でできるわけないだろう」 顔を赤くして所々呂律が回っていない状態で、桜をもう一度見つめる。すると、涙を浮かべつつ上目遣いでまた同じジェスチャーをしてきた。 「ここでやらなきゃ男が廃るってもんよ。さ、早く」 どこかの時代劇役者の様な口調ですみれが畳みかける。それを聞いて決心したのか、佐賀は桜の手を取って向かい合った。 「こうなりゃ、やけだ。後でどうなっても知らないからな!!」 二人が接吻を交わす(まじわす)と、一同は大きな拍手で出迎えた。 この後、佐賀と桜に触発されたのか、すみれと近藤も同じように接吻し、これまた拍手と歓声が巻き起こった。 その少し後、イシュタルとレベッカも接吻を交わしたのだが、その頃には一同はまたそれぞれで会話をし始めていたので、ほとんど誰も気づくことはなかった。芸能記者の様に目を光らせていたレイカ以外には。 兎にも角にも、親睦会は大変盛り上がり、数時間にわたって催されたのであった。
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